21世紀はロボットの時代といわれており、世界中の企業や研究機関においてロボットの研究が行なわれています。災害救助でロボットが活躍したニュースやドローンを使った撮影など、ロボットは徐々に身近なものになりつつあり、センサー技術やAI技術の向上によって、ロボット技術はさらに進歩していくことでしょう。
医療業界においては、高齢化による患者の増加や少子化による人材不足、医療財源の増加が問題になっており、その解決策として医療ロボットに期待が寄せられています。日本の医療ロボットの現状や問題点、今後の展望について説明します。
- 記事の執筆者:久留米リハビリテーション学院 教務部長 大坪健一
- 記事の監修者:医療法人八女発心会 姫野病院 整形外科医 姫野信吉
日本の医療用ロボットの現状
ロボットは大きく分けると産業用ロボットとサービスロボットの二つに分類することが出来ます。工場で使用される産業用ロボットの分野では日本は世界一であり、世界で使用されている産業用ロボットの半数以上は日本製のものです。一方で、医療用ロボットなどサービス業で使われるサービスロボットの分野では、手術支援ロボット「ダビンチ」をはじめとして米国に遅れをとっている状況と言われています。
しかし、産業用ロボットでトップを走る日本の国際競争力は非常に高く、筑波大学の山海教授らが開発した「HAL」は世界中から高い評価を受け、アシストロボット、リハビリロボットという新しい市場を開拓しました。
HALの開発は他の日本企業を触発し、トヨタ自動車は開発中の立ち乗り型移動支援ロボット「Winglet」の技術を応用したバランス練習アシストロボットや歩行練習アシストの研究を開始。ホンダはASIMOの技術を応用した「HONDA歩行アシスト」を開発し、海外においてすでに市場投入しています。
この他にもデンソーが開発した「iArms」など一部の医療ロボットは製品化されて市場投入されています。操作に高い技術が必要なことや費用の面から一般的には普及していませんが、安全性が確保され、量産化が可能になれば全国的に普及する医療ロボットが出てくる可能性は高いでしょう。
医療用ロボットの種類
医療用ロボットにはたくさんの種類があります。医療分野で使用されるものと、介護分野で使用されるものに分けて説明します。
①医療分野で利用される医療ロボット
手術ロボット
「ダビンチ」に代表される手術を補助するロボット。医師がカメラの映像を見ながらリモートコントロールで操作を行ないます。ハンドが非常にコンパクトに出来ており、人が行なうよりも繊細な手術が可能です。
リハビリロボット
脳卒中による麻痺の改善など、リハビリをサポートしてくれるロボット。重度な麻痺がある方でも装着型ロボット「HAL」などを使えば、腕を動かしたり歩くことが可能になります。
診療ロボット
診療の補助をしてくれるロボット。ロボットにAIを搭載し医療機関での受付や問診を行ないます。緊急性があるかどうかの判断も可能です。
調剤ロボット
薬剤師の業務を補助するロボット。薬品の選択から秤量、配分、分割、分包までほとんどの業務を行なうことが可能。返品された薬を仕分けして処分するロボットもあります。
補綴ロボット
ロボット義肢やロボット義手などのことを言います。筋肉に発生する表面の電力を読み取ることで、物をつかんだり、物を離したりといった動作を行なうことが出来ます。
②介護分野で利用されるロボット
アシストロボット
人の運動機能を補助・増幅・拡張することが出来るロボット。装着することで力がない人でも重たい人を介護できたり、介護者の身体的な負担を軽減することが出来ます。
自立支援ロボット
身体機能に障害がある人や低下している人の自立を支援するロボット。電動アシストつきの歩行器など歩行を支援するロボットや、上肢が使えない人の食事を補助する食事動作ロボットなど、多くの種類があります。
移乗ロボット
要介護者の移乗を支援するロボット。要介護者を抱えて車椅子に移乗させるタイプのものが主流でしたが、近年ではベッドが車椅子に変形するタイプのロボットも開発されています。
移動支援ロボット
主に車いすロボットのことを言います。ロボット開発企業テムザックはすでに車椅子型ロボット「ロデム」の受注を行なっています。4輪駆動で小回りがきき、手元のハンドルで操作できます。スマホアプリによる遠隔操作も可能です。
コミュニケーションロボット
ソフトバンクの「ペッパー」に代表される、人とのコミュニケーションがとれるロボット。一部の施設ではすでに導入されています。
医療用ロボットのメリット
①人間では出来ない高度な手術が可能
手術支援ロボット「ダビンチ」では人間の能力では行なうことが難しい、繊細な手術や深部の病巣への手術が可能です。難易度が高い手術における成功率を上げることが出来る他、座った状態で肘をアームレストに置いて操作することが出来るため、疲労せずに長時間の手術が行なえます。手ぶれ防止機能や術野を拡大することで手術の成功率を高めることが出来ます。
②業務の効率化と身体的負担の軽減
医療や福祉の分野では人材不足が深刻となっています。今まで人が行なっていた業務をロボットが行なうことで業務量を減らすことができ、スタッフにかかる身体的な負担を軽減することが出来ます。一般家庭に普及されれば在宅介護をしている家族の介護負担を軽減することが出来ます。
③人為的なミスを防ぐことが出来る
現在では多くの薬が販売されており、医師や薬剤師といった専門家でも全ての薬について完璧に把握することは難しくなりました。調剤ロボットを使用すれば膨大な量の情報を一括管理することができ、量や飲み合わせなど処方に問題がある場合はすぐに知らせてくれるため、人為的なミスをロボットによってカバーすることが出来ます。
医療用ロボットのデメリット
①導入コストが高い
医療ロボットは導入コストが非常に高く、実用化されたとしても導入できる場所が限られるという問題があります。今後は大量生産を可能にし、価格を下げることが医療ロボット普及のためには必要です。
②多くの手術では熟練した外科医にかなわない
医療ロボットを使えば人間では出来ない繊細な手術や深部の病巣への手術が可能です。しかし、現状では医療用ロボットが熟練した外科医よりも良い成績を上げているのは一部の治療に限られます。
医療ロボットを使った手術では外科医にとって大事な感覚である触覚を発揮できないことが問題とされています。感触を伝えるロボット鉗子 の開発が慶応大学工学部などで行なわれてはいますが、実用化はまだ先になりそうです。
医療用ロボットの問題点
①価格
医療ロボットを導入しない理由で6割近くを占めるのが価格です。医療ロボットの普及率が低い段階では価格は高くなるのは仕方ない面もあり、金銭的な余裕がない医療機関や介護施設では導入が難しい状況となっています。
今後は国や自治体による普及の促進や費用対効果を明確にするなど、医療ロボットを導入しやすい環境づくりが求められます。
②操作性
現在普及している医療ロボットは操作するために多くの知識や技術を必要とするプロ向けの医療ロボットが中心となっています。今後、医療機関だけでなく介護施設や一般家庭に普及させるためには、専門的な知識がなくても安全に利用できる分かりやすい操作性が必要となります。
③実際の現場と開発企業とのミスマッチ
実際の現場と開発側との間に認識不足があると、大きな開発費をかけたにもかかわらず現場のニーズにそわない医療ロボットが開発されることがあります。介護現場などで用いられる装着型のロボットは装着に時間や手間がかかる、機器が重たく負担軽減にならないなどの声が聞かれます。実用的なロボットの開発のためには、現場側と開発側との協力が欠かせません。
④その他の問題
その他にはロボットに備え付けられているカメラによるプライバシー侵害の問題、ロボットに対するマインドギャップ、設置場所の問題などがあります。現在は大きな問題として捉えられていませんが、医療ロボットが普及するようになると問題が顕在化する可能性があります。
医療用ロボットの未来
広く普及するまでにはたくさんの課題や問題がある医療ロボットですが、商品化されて市場に出ているものは確実に増えており、実用化に向けて少しづつ進んでいることは間違いないと言えるでしょう。
高齢化に伴う要介護者の増加を見込み、経済産業省や厚生労働省では「ロボット技術の介護利用における重点分野」を公表しており、国としても医療・介護分野で活躍するロボット開発を推進しています。
移乗や移動、排泄、見守り、入浴などの支援をロボットが担うようになり、現場のスタッフや介護する家族の負担が軽減され、患者や要介護者本人に対してより良いサービスが提供されるようになることが期待されます。