- 記事の執筆者:久留米リハビリテーション学院 教務部長 大坪健一
- 記事の監修者:久留米リハビリテーション学院 作業療法学科 学科長 岡 大樹
毎日19時に病院へ駆け込む、女性ダンサー
その、頸の痛みに悩む女性患者さん(Aさん・20代後半)は、某テーマパークの人気着ぐるみダンサーでした。
Aさんは、高い倍率のオーディションを勝ち抜いて入社した半年後からすでに、頸の痛みに悩まされていました。背丈よりもだいぶ大きく重い衣裳を身に着けなくてはならず、華やかな見かけとは裏腹に、大変な仕事なのです。
Aさんは発症当初、理学療法士や作業療法士による個別のリハビリは受けていませんでした。医師からは“頸椎症・ストレートネック”と診断され、毎日仕事後の19時過ぎに病院の訓練室に駆け込み、牽引などの物理療法を受け、さらに休日は、他治療院でのマッサージを受け、耐えて続けていました。
そんなAさんが、ついに頸が回らなくなったので精密検査をしてほしい、と再診したのはテーマパークに入社してから6年目のことでした。
症状の悪化、リハビリの開始
リハビリ初回の問診では、長年気丈に物理療法へ通い続けていたAさんが、目にいっぱい涙を溜めていました。着ぐるみショーで子供たちに手を振るどころか「箸すらもすぐに落としてしまうんです。自分のアタマ(着ぐるみの頭部)もセット出来なくて。自己管理もプロの仕事なのに、情けなくて…」と声を詰まらせて言いました。
リハビリの開始をきっかけに明らかになった主病
さて、整形外科でリハビリを行う立場だった私は、Aさんのお話に胸を痛めながらも、同時にいくつかの疑問を抱かずにはいられませんでした。なるほど、触知してみると頸の周りの軟部組織がガチガチに固まり、頸椎に由来するとも解釈できる痺れ症状も確認されます。しかし、なぜ箸を落としてしまうのか?また、なぜ着ぐるみの頭部をセットできないのか?
疑われる原因は、評価上は明らかに陽性を示していました。私はすぐに脊椎ではなく肩の専門医への予約を依頼し、後日Aさんは肩外来を受診する運びとなりました。
Aさんは、“腱板(部分)断裂”といって、肩を奥から支えて腕を自由に動かす役割を担う“腱板”という繊細な筋肉を損傷していたのです。“腱板(部分)断裂”は、高齢の方にも多く、中には、庭仕事をしていて枝を後方へ放り投げて変な音がしただけだ、といった何気ない表現をする方もいます。
Aさんの場合は後にこう思い返していました。「はしゃいだ子供たちがよく腕にぶらさがってきたりするのですが、いつだったか、自分の姿勢が悪くて肩が変な感覚になったようなことがありました。」
リハビリを経て、大好きな仕事復帰へ
Aさんには、手術はせずリハビリを中心とした保存的治療をしていく方針がとられました。週3回のリハビリ通院にて、肩周りの柔軟性改善や姿勢修正、原因となっていた腱板機能の強化、巧緻性訓練、動作訓練、などが施され、半年後には受傷前以上のコンディションを獲得しました。
頸のコリの生じやすさは残りましたが、自宅でのセルフケアのみで自制することができ、頸から足先まで全体的に姿勢が改善されたことで、「着ぐるみを着て踊っても疲れにくくなった」と華やかな笑顔で教えてくれました。
数週間後、こっそりとAさんが仕事復帰している姿を見に行ったことがあります。そこには、相変わらず子供たちに飛び乗られている人気者が、自然に自分の体を支えている姿が在りました。受傷の余韻がなくリハビリの日々が跡形も無くなる、ということは、担当者として本当に幸せなことです。
プロのセラピスト(療法士)として
セラピスト(療法士)の扱う知識や技術はとても広く深いので、リハビリを行っていくなか、自分が行ったリハビリに確信をもてず、「もっとああするべきだった」と自責の念にかられることも多くあります。
しかし、技術的には絶対的な答えが無い中でも、セラピストとして絶対に欠かしてはいけないことがあると思います。それは、「対象者(患者さん)のお話をきちんと聞く」ということです。
Aさんのリハビリを担当するにあたって、あの時、お話をじっくり聞くことを怠り、事前の情報や診断名だけを頼りに自分本位のリハビリを押し付けずによかった、テーマパークの人気者を失うことにならなくて本当によかった、と数年経った今でも思うのです。