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即戦力として活躍出来る理学療法士の養成

本学院・理学療法学科は当然、理学療法士を養成するための機関です。しかし、ただ単に理学療法士を養成するというだけではなく保健・医療・福祉の現場(臨床)で即戦力として活躍出来る理学療法士の養成を目標としております。しかも、人間性豊かで、医療の進歩に柔軟に対応出来る理学療法士を育成したいと思っております。

人間としてもっとも重要な“ハート”

その目標を達成するために、自分のことよりも学生のことを優先してしまう非常に教育熱心な、北は北海道から南は宮崎出身の教員が学生の指導に当たっております。 学術的に高名な教員というわけではありませんが、自信をもって言えることは、「どこのリハビリ養成校の先生方にも劣らない、熱い情熱持っている教員」であることは間違いありません。

また本学院は同じ法人内に病院、介護老人保健施設といった学生に必要な実習を経験出来る施設が揃っていますので1年次から学内の勉強のみならず、現場で実際に働いている理学療法士の姿を見ながら必要な知識・技術を学ぶことが出来ることも本学院の魅力だと思います。

私の考える理学療法士は、確かに知識・技術が優れているに越したことはありませんが、「目の前にいる人に対してどうしたらいいのか?」「自分は何が出来るのか?」「そのために何をすべきなのか?」と常に相手のことを思いやり、行動することの出来る、人間としてもっとも重要な“ハート”を持ち合わせていることが絶対条件だと思っております。

“笑顔”を見るために、熱い“ハート”

その“ハート”は、実は“理学療法士になりたい”という強い気持ちがあるかどうかが重要なのです。

しかし残念ながら、強い気持ちだけでは理学療法士になることは出来ませんが、強い気持ちがなければ壁にぶつかったときにその壁を越えることができません。強い気持ちがあれば、あなたの壁を越えることは必ず出来るはずです。

努力の先には、そう患者様・利用者様の“笑顔”が待っています。

“笑顔”を見るために、熱い“ハート”を持ち、4年間ともに歩んで行こうではありませんか。

祖母の病気がキッカケに

私が作業療法士を目指したきっかけは、祖母の脳卒中でした。当時はまだ「リハビリテーション」という言葉が広まりだした時期で、理学療法士や作業療法士の数も少なく、祖母が直接「リハビリ」を受けることは出来ませんでした。病院から母が勤める施設に移り、そこには鍼灸の先生が居て、入所者の訓練を見ていました。

お正月に祖母が外泊で家に帰ってきて皆で過ごし、母と私で祖母を施設に送っていきました。祖母が座っていた椅子を片付けようとしたとき、椅子のクッションが濡れていることに気付きました。病気になる前は矍鑠(かくしゃく)として自尊心の強かった祖母が自分でトイレにも行けず、トイレに行きたいと言うことも出来ずに、失禁をしてもじっとそこに座っておくことしか出来なかった事を考え、悔しかっただろうなと胸が熱くなりました。

「リハビリ」を自分の手で

当時の私は「脳卒中になったらリハビリが必要」とは知っていたのですが、よほど大きい病院でない限り「リハビリ」は受けられないのだと実感し、それは理学療法士や作業療法士が少ないからであり、ならば「自分がなる」と決めたのです。

その頃は理学療法士、作業療法士の違いなど知らなかったのですが、調べて行く内に作業療法は「生活を見る」「作業を治療に使う」と知り、祖母には作業療法が合っていると考え、自分は作業療法士になろうと決めました。
初めは右手、右足が不自由になり、言葉もうまく出なくなった祖母でしたが、元来負けん気が強く、必死に努力をして、病気になってから3年後には右手で箸を持ち食事が出来るまでになりました。

「諦めない作業療法士」を育成する立場へ

その祖母は私がリハビリの専門学校に入学してすぐに亡くなりました。残念ながら私の患者さん第一号にはなってもらえませんでしたが、祖母のようにリハビリが必要だけど受ける事が出来ない人が少しでも減るようにすること、それが自分の目指すことだと考えるようになりました。

リハビリの世界には、特に脳卒中の患者さんは病気になって6ヶ月すれば、目覚しい回復はしなくなると言われています。でも、祖母は3年かかって手が使えるようになりました。「患者さんが諦めていないのに、作業療法士が先に諦めてはいけない」と考えていますし、学生には「諦めない作業療法士」になってほしいと考えています。

あらためて振り返ると、自分がどれだけ「おばあちゃんっ子」だったかわかりますね。かなり照れますが、「人の役に立ちたい」と考えそれを仕事にしようとした時、作業療法士はとても素晴らしい仕事です。