理学療法士のリハビリエピソード
 

現役理学療法士による患者さんとのエピソード

くも膜下出血を発症し、重度の右麻痺と失語症を呈した50代後半の女性Aさんへのリハビリテーションの経験を紹介します。後遺症は重度でしたが、本人のがんばりと夫の受け入れによって在宅復帰ができました。老人保健施設や在宅サービスでのリハビリテーションも担当し、多くの経験や感動を与えてもらった症例です。

①重度な後遺症。治療の糸口は患者の気持ちを理解し受容すること。

Aさんは急性期病院で全身状態が安定し、私の勤務先へ転院して来ました。最初の印象は奇声を上げて泣いている若い女性という印象でした。付き添っていた夫の不安と困惑が混じった様子が印象的でした。

Aさんの身体状況は、右半身に重度の麻痺、発語ができない運動性失語、感情を自分でおさえられない感情失禁が主な症状でした。寝返りや起き上がりなどの基本動作は全介助の状態で、車椅子座位がなんとか可能というレベルでした。

担当した当初は情緒的にも不安定で意思の疎通が難しく、少しのことがきっかけで泣いてしまう状態でした。

最初は治療方針に困りましたが、冷静になり本人の気持ちになって考えることにしました。Aさんは元気に生活をしていた中で急に病気が発症し、自分では寝返りさえもできない状態になってしまいました。発症後すぐの状態で障害受容ができていないことは当然ですし、脳へのダメージから感情のコントロールが難しくなっていることも考えられます。さらに失語症で自分の苦しみを言葉で伝えることができないつらさは図り知れないものでしょう。そう考えると患者を受け入れることができ、無理な目的をたてずに、できることからはじめようと思うようになりました。

患者が寝た状態での他動的なリハビリテーションから始め、治療中はできるだけコミュニケーションをとるように心がけました。

患者の気持ちにたったリハビリをすることは一見すると当たり前のことです。しかし、急がしい現場で働いていると、いつの間にかセラピスト中心のリハビリテーションをしがちです。患者の気持ちを理解することの大切さを勉強させてもらうことができた経験でした。

②患者との信頼関係によってリハビリテーション効率がアップ。

最初はコミュニケーションをとることに苦労しました。失語の影響は発語だけでなく、言葉の理解力にも大きな影響があったからです。しかし、続けていくうちに簡単な言葉とジェスチャーを交えることで、ある程度は理解できることがわかりました。

メニューを反復して行なうことでスムーズにリハビリテーションが行えるようになりました。患者が嫌がる無理なメニューは行なわないようにし、多くのコミュニケーションをとることでお互いの信頼を高めていくことを重視しました。すると拒否的であったメニューに対しても意欲的になり、身体機能に回復が見られるようになりました。

時間はかかりましたがリハビリテーションを継続することで、座位が安定し立位保持が可能な状態になりました。尿意や便意も改善し、本人が自分でトイレの意思を伝えられることがわかり、オムツをはずしてトイレでの排泄ができるようにアプローチを行いました。一部介助は必要でしたが、座位や立位が安定したことで軽い介助で行えるようになりました。このころには感情は安定し、こちらの笑顔に対して笑顔で返してくれるようになりました。

当初は泣いてばかりだったAさんが笑顔を作ってくれるようになったことは私にとって大きな喜びで、仕事をがんばる励みになりました。

患者さんとの信頼関係を築けたことでリハビリテーションがスムーズに行くようになり、治療効果を出すことができました。このことは他の患者さんに対しても同じことが言えます。この後は患者さんとの信頼関係を築くことをまず最初に心がけるようになりました。

③患者が元気になることで変わった家族の対応。

患者が元気になり、介護量の軽減が図られたことで、夫の気持ちに変化が現れました。当初は在宅復帰は全く考えていませんでしたが、仕事の定年後は自分が自宅で面倒を見たいということになったのです。Aさんも喜び、リハビリに対してもより積極的になりました。夫と話をしたときに言ってくれた「リハビリってすごいんですね。」という言葉は私にとってうれしい言葉で、今でも心に残っています。リハビリテーションで家族の気持ちをかえることもできるんだと感じ、自分の仕事にやりがいを感じることができた出来事でした。

④老健での生活リハビリでついた持久力。

Aさんの身体状況が安定したため、夫の定年までは老人保健施設で過ごすこととなりました。同じころに私も人事異動となり、再びAさんを担当することとなりました。

老人保健施設では、医療保険から介護保険にきりかわります。少ないセラピストで多くの利用者を担当するため、医療保険のようにマンツーマンのリハビリテーションはあまりできません。そのため、重視されるのは生活リハビリテーションです。食事を行なうことやレクリエーションに参加すること、トイレに行くことなどのすべてリハビリテーションにつながります。

介護士や看護師に対しては介護方法を指導し、Aさんの能力を生かした介助方法を行なってもらうようにしました。実はこの方法は職員にとっても介護量が減るため、一石二鳥の方法なのです。病院では調子を崩すこともあったAさんですが、施設に入ってからは体調が安定しました。これは生活リハビリテーションの効果によって持久力がついたことが理由だと考えられます。

病院と施設の大きな違いは座っている時間です。食事は食堂で取りますし、レクリエーションなどの時間もあります。そのことがいい影響を与えたと考えられます。老人保健施設での生活リハビリテーションが日常生活を送るために必要な体力をつけることにつながり、在宅復帰にプラスに働いたと思います。

老人保健施設は中間施設とよく言われます。その理由は介護サービスを提供するだけでなく、利用者が次の施設や在宅での生活が可能なように生活リハビリテーションで元気にするのが目的だからです。老人保健施設の理学療法士として役割を果たすことができたと思っています。

⑤自宅訪問。そして在宅復帰へ。

夫が退職し生活が落ち着いた時期に、自宅への退院が決まりました。事前に本人と自宅訪問を行ない、住宅改修や介護方法のアドバイス、福祉用具のレンタルの手配、在宅サービスの調整を行ないました。

退院の時のAさんは今までで一番の笑顔をしていたと思います。私もリハビリで数年間かかわったものとして、非常に感動しました。また、Aさんを在宅復帰させるという責任を果たせたことがうれしかったです。

⑥デイケアでのリハビリテーション

Aさんとのかかわりはまだ続きます。老人保健施設が運営するデイケアで在宅生活のケアを行うようにしていたからです。初回のデイケアに元気良く参加してくれたときは在宅生活がうまく行っているんだなと安心しました。

デイケアでのリハビリは機能維持を目的としました。介護量が増えないようにすることで、在宅生活を長く継続することができるからです。2年以上経過した現在でも元気にAさんは在宅生活を行っています。

重度の後遺症がある人はリハビリハビリテーションを継続しないと身体機能は低下します。デイケアにおいて理学療法士は欠かすことのできない人材です。これからの高齢化社会は在宅介護が増えることが予想されるため、デイケアで在宅生活を支える理学療法士はもっと必要になるだろうと思います。

現在は夫が介護用の専用車輌を購入し、一緒に外出なども行なっているようです。夫の話をするといつもAさんは笑顔を見せてくれます。できるだけ長く自宅での楽しい生活を続けていってほしいと思います。

さいごに

Aさんのリハビリテーションを通して、患者の気持ちにたつことや、信頼関係を築くことの大切さを学びました。また、病院から老人保健施設、デイケアと担当させてもらったことでリハビリテーションが多くの場面で患者を助ける役割を果たしていることが実感できました。また、患者さんから教えてもらうことの多さに気づかされ、理学療法士という仕事の素晴らしさを感じることができた症例でした。

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